リアル

 新潮文庫版『夢の守り人』を読み終えました。
 軽装版を購入した時にも書きましたが、私はやはりこの作品を完全に読み違えていたようです。

 「守り人シリーズ」の中で最も質が落ちるという個人的な評価も完全撤回させていただきます。
 これ、傑作です。
 ただ、(作者自身が文庫版のあとがきで認めているように)シリーズの他の作品とは趣向を異にしているために内容がつかみにくくなっているとは思いますが。


 さて、この文庫の解説をかの養老孟司御大が書いていらっしゃいます。
 これがまた面白い。
 私にとっては実に痛快な解説。
 というのも、「現実」ということに関する明快な定義づけがなされているからなのです。

 ファンタジー小説を受け入れられないという人の中には、「ファンタジーは絵空事に過ぎない」と思っている人が少なくないように思われます。
 経験的には、そういう人に限って「実話」が好きです。

 過去から現在に至るまでベストセラーになった本には、そうした「実話」好きな人を惹きつけたと思しき作品が少なくありません。
 たとえば、古くは『窓ぎわのトットちゃん』や『五体不満足』、そして『だから、あなたも生きぬいて』など。
 最近では、『佐賀のがばいばあちゃん』や『恋空』、『ホームレス中学生』などという本もそれらの仲間に入るのでしょう。

 ジャンルは違えど、いずれも「現実には考えられないような状況を克服し、たくましく生きている人物が書いた実話」というキーワードがヒットの要因になったのは間違いないところだと思います。

 そうした話を否定するつもりは毛頭ありませんし、上に挙げた作品のほとんどは読んでみれば本当に感動的な内容であるのも事実です。
 ただ、だからといって、「実話」こそが素晴らしく「ファンタジー」はそれに比べて著しく劣ると決めつけてしまうという態度には首をかしげざるを得ません。
 ファンタジーは確かに「実話」ではありませんが、「現実」を映していないわけではないのですから。

 もう20年も前のことでしょうか。
 『一杯のかけそば』という本が、やはり「実話」を売りにして大ヒットしたことがありました。
 ところが、その後マスコミの取材で登場人物のモデルの実像が作品中で描かれている内容とはかけ離れていることが明らかになり、同時に作者の素行問題などまでが追及されるに至って、ブームは一気にしぼんでいきました。

 驚いたのは、『一杯のかけそば』という作品そのものの価値が全否定されるような流れになってしまったことでした。
 殊更に「実話」を強調した点に問題があるのは否めないでしょうが、人情の機微や人としての在り方に指針を示してくれる創作物ではありました。
 そうした評価まで打ち消してよいものなのかどうか、当時大きな疑問を感じたものです。

 いささかとりとめのない内容になってきましたが、要は「実話」を必要以上にありがたがるという態度にはある種の危うさが伴うということが言いたかったわけです。
 それぞれの人にそれぞれの「現実」があり、それを物語ろうとすればその人なりの「実話」が存在しうる。
 つまり、ひとつの事象に対して百人の人が関われば、それこそ百通りの「現実」――そして「実話」がそこに在ることになるはずです。
 それを認めないというのなら、「現実」そのものを否定してしまうことになりはしないでしょうか。

 うまくは言えないけれどずっと抱き続けてきた思い。
 そんな私の思いを、「リアル」という言葉の意味を「現実的」ではなく「真善美」と定義づけることで、養老孟司は実に的確に代弁してくれたように感じたのでした。

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この記事へのコメント

ぎんこ
2008年01月16日 22:46
すみません、ライラの記事の方にコメントつけられなかったのでこちらで。
なんでもアメリカの熱心な(イヤミです)キリスト教徒の方たちが、「ライラを見ないように」とメールまで無差別に送って興行を妨害したそうですよ。
でもまあ、出来が微妙というのも事実らしいですが。制作会社は1作の興行が悪い場合は続編作らないと言ってるそうなので、2部以降が見られないとなると哀しいです。いいシーンあるんですけどね…。まあ、1部を楽しみにしてます。でも絶対日本では受けないと思います。

「リアルについて」の記事も面白かったです。実話といってるものこそ、事実でないことが目立ってしまうんですよね。私は作り物の世界にある事実も、素晴らしいものだと思うんですけどね。人は昔から、事実をフィクション、つまり神話や伝説として保存してきたと思うのですが。

 「夢の守り人」軽装版しか読んでませんが、文庫版のあとがきも読んでみたいと思います。番外編的要素が多かったですね。作者の趣味?もかなり入ってたのかもしれません。
ぎんこ
2008年01月16日 23:14
 あ、すみません。
>事実をフィクション、つまり神話や伝説として保存してきた
ここのところですが、神話や伝説が事実という意味で書いたのではありません。
誤解を招くようなことを書いてすみませんでした。
事実を神話や伝説に変換して、結果事実と全然違うことになってることの方が多いですよね。でも、結局伝承って事実からフィクションになっていくのでしょうね。
そういう意味では「一杯のかけそば」も伝説になってたのかもしれません。
(現在では、事実でないものはウソとして終わってしまいますが)
2008年01月16日 23:32
ぎんこ様、コメントありがとうございます。

 「ライラ」については、ブログの中で書いているとおり、クマだけを期待して見にいくつもりです。でも、1部で打ち切られちゃうことになったら悲しいですね。涙なしでは読めなかったリー・スコーズビーとへスターの場面なんて、ぜひとも映像化してほしいんですが。

 こっちの記事については自分の文章力のなさに涙が出そうになっておりました。意図を汲みとっていただいたうえに分かりやすい補説まで加えていただき感謝!!

 『夢の守り人』文庫版に載せられている作者あとがきも面白いので、ご一読をお薦めいたします。

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