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<<   作成日時 : 2009/09/12 09:02   >>

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 「平均」という言葉の落とし穴に気づいたのは高校生のときだった。

 中学までは「平均」=「平均点」がかなり気になると同時に、「平均」よりいくばくか上の点数を取ることのできている自分に安心感を抱いていたものだった。


 高校生時代、とあるクラスのテストで平均点が17点(もちろん100点満点!)という凄まじい記録が出たと友人から教えられた。
 確か、定期テストの化学の問題だったと記憶している。
 平均が17点というのは、難問奇問の多かった我が高校のテストの中でも笑ってしまうような低さだったのは間違いない。
 そのクラスの化学を担当している先生というのが校内でも評判のひねくれ者だというような噂も知っていたので、こちらとしてはどんな意地悪問題を出題したのかという興味だけで友人の話を聞いていた。
 ところが、以下のような追加情報を伝えられた瞬間、あれっと思ってしまった。

 そのテストではクラスの中で0点だった人間が大半であり、残りのわずかな人数が100点ないしはそれに近い点数であったのだという。

 なるほど100人の人間がいたとして、そのうち50人が0点であったとしても残る50人が100点満点であれば平均点は50点になる。
 しかし、この結果から導き出された平均点は、それまで私の抱いていた「平均」に対するイメージとはかけ離れていた。
 なぜって、肝腎の平均点付近の点数を取った人間が誰もいないのだ。

 考えてみれば当たり前のことだが、「平均」というのは、決して「ある集団の真ん中あたり」を表したりはしないのだ。
 こんなことは中学校あたりで教えられていたはずなのに、全くの錯覚の中で「平均」というものに誤ったイメージを勝手に抱いていただけのことだったのである。



 と、香ばしい匂いのする思い出話を唐突に書いたのにはそれなりの理由がある。
 どうやら未だに「平均」という言葉に騙されている人やら、逆にそれでもって人々を騙そうとしている輩が少なくないのではないかと感じるからだ。

 「平均年収」とかいうのはその典型。
 母集団が大きくなれば「平均」にもそれなりの意味が生じるはずなのであるが、今日のように格差が広がった社会ではむしろ問題点を曖昧にする効果のほうが高いような気がする。
 例えば、年収100万円の999人の人間の中に1人だけ年収50億円の人間を交えて平均を出したらどうなるか。
 答えは約600万円。
 この数字からは年収100万円の人々の存在も、年収50億円の人間の存在も窺い知ることはできない。

 新聞やテレビで「平均」という言葉を見かけたとき、まず眉に唾をつけてその数字を見つめる必要があるような気がしてならない私なのである。

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